もの言わぬ本は待ち続けている
【なぜ読書をしなければいけないのか?】という記事を読んだので読書家の母に聞いてみた話 pic.twitter.com/xzTxIdfs5y
— 言 寺 (@310_64) 2017年4月19日
しばらくまえの話題について言及するのはこの高速化した情報社会において愚かしいことだとは思う。
さて、「なぜ読書をしなければいけないのか?」という問いかけだが、「しなければいけない」というと読書が義務であるように感じる。けれど誰も読書が義務だとは言わないだろう(強いてあげるなら、小学校の宿題で音読が課せられるくらいだろうか)。だから僕はその疑問に答えることができない。余程のこと、たとえば業務上必要になって技術書などを読まなければならないなどの状況にならなければ、無理をして読書をする必要はないのではないかと思う。
けれど、この質問はきっとふだんあまり読書をしないひとが、日頃から読書をしているひとにたいして投げかけるものだと思う。だとしたら、すこし質問を変えれば内田樹のような斜に構えた答えではなく、まっすぐな答えを聞くことができるだろう。
ではどう聞けばいいのか。それは、「なぜあなたは読書をしているの?」と問いかければ良い。
たぶん、長ったらしく答えるひとはいない。たんに「面白いから」、「好きだから」、「楽しいから」などなど前向きな回答が寄せられるはずだ。それでは冒頭の「なぜ読書をしなければいけないのか?」にたいする答えが得られないと思うだろうが、「面白いから」読書をしているような人間が、義務感で読書をしているとは考えにくいのでどちらにせよ回答を得るのは難しい。
このような疑問を持ったひとが、ふとした拍子に「本でも読んでみようかな」と思ったとき、本は待っている。そのひとが「読書なんて役に立たない」と思っていたころに出ていた本も、図書館へ行けばあるかもしれない。それだけは覚えていてほしいと思う。
……と、同時に、「いますぐに役には立たないかもしれない」図書館という施設の大切さもすこしでも考えてもらいたいなあ、なんて。
それとこれは本を読む読まないに関係ないことですが、他人のことを馬鹿だのなんだと言ってしまうのは失礼なのでおすすめしません。