Mjuka

てきとうに。

会話文の練習

「恋人がいたことは?」
とくに気になるわけでもない様子で彼女は聞いた。僕は「ありますよ」とだけ答えて沈黙してすこしの間考え込んだ。
「恋人の定義ってなんでしょうね」
自分で言っておきながら意味のわからない問いかけだと思った。だからそれに対して相槌を打つように返事があったことにおどろいた。
「お互いに好きであること、かな」
「そうですか……。だとしたら僕に恋人がいたことはないのかもしれないですね」
「どういうこと」
はじめて彼女が僕のことを見たような気がした。姉妹なのに似ていないと思っていた彼女の顔も、よく見れば口元が似ているように感じる。
「やることはやるんですけどね。でも、たまに訊かれることがあるんですよ。私のこと好きなのって」
「それで?」
その声音はさきほどまでとは比べものにならないほどに楽しそうだった。
「なにも言えなくなっちゃうんです」
僕は自嘲気味にそう言って力なく首を振った。
「真面目なのね」
「逆ですよ。好きでもない人とセックスしてるんですから」
「そうやって罪悪感を抱いているところが真面目だと思うけど」
首を傾げ、不思議そうに彼女は言った。
「どうしても僕に真面目のレッテルを貼りたいみたいですね」
それを嫌がるように僕は眉間にしわを寄せる。こういう表情をつくるのにもずいぶん慣れてしまった。
「真面目は嫌い?」
「そうですね。つまらない人とだと言われているようで」
「私は好きよ」
その目はまっすぐに僕を見つめていた。
「……つまらない人間がですか?」
逡巡してそう答えると、彼女は薄く笑って何も答えなかった。
沈黙に耐えかねて僕は結露したグラスを持ち上げて口をつけた。氷が解けて薄くなったウィスキーは喉を焼くこともなくさらりと食道を流れ落ちた。
「君、好きな人とセックスしたことないでしょ」
語尾を上げることもなく、彼女は断定するような口調で言った。
「当てずっぽうの指摘だと思いますけど、そうですよ」
「それは、千沙のことが好きだったから?」
唐突に出てきたその名前に、僕は息を呑んで千沙の姉である彼女の顔を見つめた。
「当たりみたいね」
「……ずっと片思いを引きずってるんですよ。気持ち悪いでしょう?」
千沙にすこしだけ似た彼女に拒絶してもらいたかったのかもしれない。そうすればこの片思いが終わりに向かえる気がしたからだ。
「もしかしたら、妹も君のことが好きだったのかもしれない」
「そんなことあるわけないじゃないですか。もう何年も会ってなかったんですよ」
「けど、君は妹のことを想い続けていたじゃない」
僕は呆気にとられて会話を続けることができなくなってしまった。