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Mjuka

てきとうに。

VR技術のある世界、携帯電話のない世界――岡嶋二人『クラインの壺』

 岡嶋二人クラインの壺』を読んだ。初収単行本は1989年に新潮社より刊行されているが、現在主に流通しているのは2005年刊行の講談社文庫版だろうと思われる。新潮文庫版もamazonで在庫確認ができたが、地方の書店で目にしたことはない。都内の大型書店だと置いてあるのだろうか。

 いまから27年もまえに発表された本書について語るとき、はたしてネタバレを気にする必要があるのだろうか疑問だが、そもそも、本書のタイトル「クラインの壺」というパラテクストこそが最大のネタバレである。

 本作品は、科学技術の進展が非常にアンバランスな――いまだに存在していないほどの高精度のVR技術が存在する一方で、携帯電話は流通しておらず、ポケット・ベルが緊急時の連絡手段として用いられている――世界で進行する。しかしそんな奇妙な世界でありながら、不思議と違和感がない。おそらくそれは、本作中でのVR技術のありかたに起因するだろう。本作のVR技術は、あくまで「べつの現実」を現実のように体感させるために存在している。だから、SF的な科学技術でありながら、描き出される世界は凡庸な現実世界と相違ないのだ。

 VRが今後どのように進展し、それと人間はどのように関わっていくのか。一抹の不安を心に落としていったまま、物語はあっけなく終幕をむかえる。

 過剰に心配性なひとは読むべきではない作品だった。