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Mjuka

てきとうに。

「おうちポップ」について――Rocketeer Tracksとの出会い

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 「おうちポップ」という独自の路線をひた走るRocketeer Tracksに出会ったころ、ぼくは大学一年生だった。

 ある講師が宮沢賢治の「よだかの星」について雑談をしていて、ふと気になって検索したのがきっかけだった。そのときの検索ワードがなんだったのか、いまとなっては思い出せない。それに、そんな瑣末なことではなく、羅列される検索結果のなかから「よだかの星」の朗読をみつけ、Rocketeer Tracksのボーカル・南条あきらの声に出会ったことだけが、大切なことだ。

 「よだかの星」を読む彼女の声は聞いていてとても落ち着くものだった。だから今度は、彼女の名前を検索欄に打ち込んだ。そうして出会ったのが、Rocketeer Tracksだった。そのころはまだRocketeer Tracksとして立ち上がって間もないころで、CDは一枚も出ていなかった。けれど、サイトで公開されていた「日給500ml」の明るい音楽に乗せられる飾らない歌詞に魅了され、新曲を待ち望むようになっていた。それからしばらくして公開された「ワンルーム」は、前作とはちがってとても落ち着いた曲調だった。そしてそれほど間を置かずに公開された「6月のラブレター」。思えば、この曲でぼくは完全にRocketeer Tracksの虜になったのだろう。この曲のフルバージョンが収録された1stアルバムの発売が発表されたときのよろこびはひとしおだった。

 

 この1stアルバム『ticket』は2010年春のM3で頒布された。この作品はAmazonでも委託販売されたのだが、こうした動きは、当時はまだ珍しかったように思う。(いまではAmazonへの委託をやめてしまったのだけれど。)

 ぼくはコミックマーケットやM3といったイベントへ行ったことがないので、当然このときも委託先であるAmazonで購入した。注文してから届くまでのあいだのもどかしさは、試聴を繰り返すたびに増していた。こういう気分の盛り上がりは、同人音楽特有のものだと思う。メジャーなものは、じぶんで検索したりしなくてもいろいろなところから聞こえてくるからだろうか、関心の「強度」みたいなものがあきらかに異なっている。

 そして届いた『ticket』は、膨れ上がった期待を裏切らない、とても良い作品だった。とくに好きな曲は「Mr.Someone,かく語りき。」で、その歌詞の素朴さにクスリとさせられたり、ちょっと考え直しを迫られたりする。 

朝に道を聞かば、夕べに死すとも可なり。
嗚呼…、嘘です。(困るな。)

()内は二番。

夕べのキスなら、覚えていてもいいよ。

 「嘘です」「困るな」。孔子もたぶんおどろくだろうけれど、きっと多くの共感を呼ぶ反応だと思う。そしてその軽い雰囲気から続く歌詞にドキリとさせられてしまう。

性格の不一致なんて、サンドウィッチみたいに言わないで。
違ってたかどうかは、死んでからでもいいじゃない。

 別れの原因のように語られる「性格の不一致」という使い古されたことばを「サンドウィッチ」と並べつつ、「死んでからでもいいじゃない」と言ってのけることは、たぶんかなり難しいことだ。ことば遊びに潜ませながら、その真剣さに「性格の不一致」なんて手あかにまみれたことばは霧散してしまう。

 Rocketeer Tracksの掲げる「おうちポップ」というものがなんなのか、正直わかっていないけれど、外で聞くよりも、家でゆったりしながらだったり、なにかをしながら聞きたくなる曲が多い。とくに3rdアルバムの『ouchi radio』がそうだ。そのタイトルからして「おうち」で聴くことを推奨しているようでさえある。

 Rocketter Tracksが「おうちポップ」を自称したことは、どこか「同人音楽」の姿を映しているようにも思う。同人音楽を聴くということは、市場の拡大とともに、いまではあまり特殊なことではなくなってきているだろう(とくに、VOCALOIDの出現によって)。そもそも、「同人音楽」とはなにかという定義が曖昧になりつつあるのかもしれない。それでも、これらの音楽はTVからは流れてこないし、街中でも聞こえてくることはないだろう。あくまでも「おうち」の音楽なのだ。

 「おうち」を飛び交う音が「おうち」それぞれであるように、「同人音楽」の幅広さも、それだけ多いのだといえるだろう。